あるいは 迷った 困った

漫画、ラノベ、映画、アニメ、囲碁など、好きなものを紹介する雑記ブログです。

『ガンバ!Fly high(17)』何度読んでも飽きないフィナーレ!(ネタバレ含む感想)

 

文庫版ガンバ!Fly highもついに最終巻!

1巻が出た頃、東京オリンピック(当時の予定)に完結を合わせてくるのかと思っていましたが、閉幕してしばらくたった時期になりましたね。

予想は盛大に外れました。(笑)

しかし、偶然か故意かは分かりませんが東京オリンピックの時期を作者が意識していたことは間違いないようです。

巻末の対談で、本来であれば東京オリンピックの結果について語る予定だったと言及されているのがその証拠ですね。ガンバ!Fly highの作者が現代の体操の最高峰の結果をどのように語るのかとても興味深いところですが、今となってはないものねだりです。とはいえ、ガンバ!Fly highの当時からどのように体操が進化しているのか、作者の予想を超えていったのかについて語られていて、それはそれでとても興味深いものでした。

本編の話に移しましょう。いよいよ最後のエピソードであるオリンピック編のクライマックスまで来ました。

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日本代表チームは、これまで国内で戦ってきた強敵が集結したガンバ!Fly highファンにとってのドリームチームって感じですが、それが好調な演技を続けても予選での結果は良いものではありませんでした。

だからこそ限界ギリギリの演技に臨むという展開はとても熱いですね。藤巻駿はアンドレアノフコーチの元から独り立ちしましたが、それこそ李軍団の嵯峨までがその気持ちを同じくして限界に挑もうとしているところを見ると、体操選手として一人前になっているのは藤巻駿だけではないと感じさせられます。

そうして一種目目の床を好成績で終えて、いよいよって所から始まるのがこの17巻(最終巻)なわけですが、最初の1ページ目が東のプロレスシーンなのはちょっと面白いですね。(笑)

何でここで東のシーンなのかって、なるほど日本の二種目目がつり輪で、つり輪に関しては東と因縁がある李軍団の嵯峨の演技があったからなのです。そうやって、過去の因縁のようなことも回収していっているのも見所なのではないかと思います。

また、ベラルーシ、ロシア、中国と日本のライバルになる国が順番にクローズアップされて描かれているのも面白い。単に日本が優勝したという結果でなく、そのライバルたちもただの強敵ではなく個性あるキャラクターとして描かれたからこそ、その結末の感動も一塩だったのではないでしょうか?

まずは何故かアンドレアノフがコーチとして就任していたベラルーシ。予選では大活躍だったアレクサンドル・グレンコが本選では調子を崩していて、一体何のためにベラルーシがクローズアップされて描かれたのかは連載当時に読んだ時にはよく分かっていませんでした。

アンドレアノフはベラルーシのコーチになった理由として、アレクサンドル・グレンコが若い頃の自分に似ていたからだと言及していますが、それをクライマックスとなるオリンピックのエピソードで描く必要があった理由は何なのか?

それは、藤巻駿が独り立ちした体操選手に成長したということを示すためだったのではないかと思います。

アンドレアノフがベラルーシのコーチになったのは『裏切り』のようにも捉えられていましたが、そうではなくむしろ必ず独り立ちした体操選手に自身の教え子が、かつて自分に大きな影響を与えた田所誠治のような体操選手に成長しているであろうという『信頼』があったからこそ、かつての自分に似たところのあるアレクサンドル・グレンコと競わせてみたかった意図があったのではないでしょうか?

そして、そうしたアンドレアノフとアレクサンドル・グレンコを描くことで間接的に藤巻駿の成長を表現することができたわけですね。

実際、最後の藤巻駿の鉄棒の演技では自分のことを体操選手として超えていった藤巻駿に感動するアンドレアノフの姿が描かれています。

ガンバ!Fly highはこのオリンピックのエピソードで完結ですが、もしこの先が描かれていたとしたら、かつて田所誠治の影響で世界チャンピオンにまで上り詰めたアンドレアノフのように、藤巻駿を追う立場としてのアレクサンドル・グレンコが強敵として描かれたりしていたかもしれませんね。

そういうわけで、ロシアや中国がどうしても気になってしまうオリンピックのエピソードですが、実はベラルーシこそが完結後のこれからと、そして主人公の成長を最も表していたのではないかと思います。

次にロシアですが、言い方は悪いですが恐ろしく強力な当て馬のような描かれ方をしているという印象を受けました。

中国と並んで日本が優勝するためには越えなければならない壁として存在したロシアですが、なぜか中国のエースである王景陽は予選では4位だった日本をライバル視してロシアを軽視していたからです。ロシアの実力自体は確かで、予選時点の成績では日本より上でもあるにもかかわらず何故なのか?

その差には王景陽や藤巻駿の演技を見たロシアのチェレンコフ兄弟は自ら気付きます。

ロシアの体操は、たった一つの勝つための演技の完成度を高めていくというもので、中国の王景陽の体操は10点満点の演技構成すら簡単に放り捨てて更に上を目指す挑戦者であり続けるというもの。どんなに優れていても挑戦しない者が挑戦する者に敵わないというのは言われてみれば自明ですね。

そして、決勝ではギリギリの演技構成を持ってきた日本も、藤巻駿もまた挑戦者であり、だからこそ王景陽はロシアではなく日本をライバル視していたわけです。

そう考えるとガンバ!Fly highにおけるロシアの役割にはやっぱり当て馬っぽさがあるのですが、それでも最後の最後まで優勝争いに絡む強力なライバルとして盛り上げてくれました。

最後に中国ですが、アジア大会編で最大のライバルとして描かれた王景陽がラスボス的に描かれています。代表選考会の鉄棒の演技で10点満点を出した強力な選手。主人公である藤巻駿が最も得意とする鉄棒で最高の演技を見せた選手ということで、なるほど王景陽こそがオリンピック編でも最大のライバルであり、藤巻駿がそれを超える鉄棒の演技を見せる展開の布石だったのだと察しが良い人なら予想できたことでしょう。

藤巻駿は体操選手として大きく成長していますが、それでも王景陽にはまだまだ藤巻駿よりも、日本のどの選手よりも格上だというオーラがあるように感じられました。

挑戦者ではあって、本番でまで日本のようにギリギリに臨んでいるというよりは、以前以上の自分をしっかり仕上げて本番では安定させてきているような印象がありましたよね。

だからこそ王景陽は最後に超えるべき壁として相応しい選手に感じられました。アジア大会の頃の王景陽よりもそういう壁としての存在感が大きくなっていたような気がします。

とまあ、日本のライバルの見所を紹介してきましたが、何と言っても日本の選手たちの活躍こそが最大の見所でしょう。堀田の見せ場は前巻の床でしたが、次のつり輪では嵯峨が東へのリスペクトを見せ、跳馬では内田が新技を見せました。

なぜか斉藤はジンクスに拘りまくるという今まで見せたことがない程の弱さを見せたものの、予定上の大技を跳馬で見せました。

そして、何と言っても藤巻駿の鉄棒です。そもそもガンバ!Fly highは藤巻駿の鉄棒で1点という最低得点から始まりました。それが鉄棒のスペシャリストと呼ばれるまでに成長して、満を持してオリンピックでの最後の演技となる鉄棒に挑むわけなのですが、まさに集大成という感じの演技で格好良かったです。

もともと伸身ゲイロード一回捻りという技に挑戦しようとしていたことはオリンピック前のエピソードから語られていたことで、ギリギリの演技に挑戦しようとしている藤巻駿がここでそれに挑戦することは読者的には予想の範疇だったことだと思います。

だからチェレンコフ兄弟の弟であるイゴーリがたまたま藤巻駿の練習を覗いて見ることになった「とんでもない技」も伸身ゲイロード一回捻りなのだと思った人が多いのではないでしょうか?

しかし、藤巻駿が伸身ゲイロード一回捻りを決めてそこがハイライトだと思わせた後に、イゴーリに自分が見たのは別の技だと発言させることで更なる驚きがあることを予感させた演出はさすがの一言です。

なんというか、この鉄棒の演技のエピソードを単体だけで読んでもという感じではあるのですが、通して読んだ後のこの鉄棒の演技のエピソードの感動が一塩なのでガンバ!Fly highは何度でも読み返せる漫画になっていると感じます。

というわけで、これでガンバ!Fly highは完結してしまいました。

文庫版の発売日を毎月楽しみにする生活もここまでだと思うと寂しいですが、また少し時を置いたらまとめて読み返してみたいと思います。

『今日もカレーですか?(1)』実在のカレー屋を紹介するほのぼのグルメ漫画(ネタバレ含む感想)

 

今日もカレーですか?って問いかけられるほどではないけど僕はカレーが大好物です。(笑)

だから美味しそうにカレーを食べる女の子が可愛い表紙に釣られてついつい本作品を購読してみました。表紙買いって、外食に例えると匂いに釣られるようなものなのかもしれないと思いつつ読んでみたら、上京したばかりの女子大生が東京に実在するカレー屋を楽しみつつ紹介してくれる実にカレーを食べに行きたくなる漫画でした。

何かに似てるなぁと思ったら、『ラーメン大好き小泉さん』のカレー版って感じでしょうか?

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グルメ漫画って、例えば創意工夫を駆使した料理を主人公が作り上げたりしてそれがとても美味しそうに見えたりするものの、でもその美味しさを実際に味わうことは困難だったりすることが多いと思います。

創作だからこその料理だったり、実現可能な料理だったとしてもそれを提供している店があるわけではなかったり、素人が気軽に再現できるものではなかったり、再現できたとしても劣化版の印象は拭えなかったり、とにもかくにも実際に味わうことは難しいです。

しかし、今日もカレーですか?のように実在の店を舞台にしてくれたら、聖地巡礼というわけではありませんが気になる店には当然ながら実際に行ってみることができるわけです。

味わいたければ実際に味わえるタイプのグルメ漫画の歴史は割と浅い気がしますが、とても画期的な気がして個人的にはついつい読んでしまいます。家から遠くて悶々とする可能性も否定できませんが。(笑)

1巻に登場するのは新宿中村屋、西葛西のスパイスマジックカルカッタ、神田のボルツ、全国チェーンのCOCO壱、日本橋たいめいけん。そんな店舗のカレーがとても美味しそうに紹介されています。

僕が行ったことがあるのは新宿中村屋COCO壱だけですが、行ったことがある店でもなるほどと思わされるマメ知識と共に、改めて行きたくなるように紹介されており、なんとなく今後カレー頻度が高まりそうな気がします。(笑)

基本的には東京都内のカレー屋が紹介されているものの、金沢カレーなどを筆頭に全国にも美味しいカレーは存在するはずなので、ひょっとしたら今後『ラーメン大好き小泉さん』のように全国へ展開していく展開も考えられるかもしれませんね。

ちなみに、僕が今まで食べたカレーの中で一番おいしいと感じているのはこちらで紹介しているカレーなのですけど、これも今日もカレーですか?の中で紹介されたら嬉しいなぁと思います。それとも、東京にも店舗はあるけど関西の店だから可能性は低いのかな?

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『トニカクカワイイ(1)』ひかれ逃げした少年が年下の女の子に一目惚れする話の感想(ネタバレ注意)

 

トニカクカワイイは『ハヤテのごとく!』で有名な畑健二郎先生の最新作・・と言っても現時点で既に二桁巻も刊行していてアニメ化もされた人気作ですね。

前作『ハヤテのごとく!』がラブコメ作品にして50巻オーバーの大作だったので、十数冊程度ならまだまだ最近始まった作品という感じがします。

しかし、個人的にはこのトニカクカワイイという作品は1巻相当分を連載で読んだっきりで、その後が追えていない作品でした。というのも、丁度僕が週刊少年サンデーを定期購読するのを止めた時期に始まった作品で、しかも当初はそれほど魅力を感じなかったというのもあります。『ハヤテのごとく!』にマンネリを感じて、その延長のように捉えてしまっていたというか、そんな感じですね。

ですが、この度アニメ版を見てみてかろうじて知っている序盤のストーリーに改めて触れたところ、「あっ、これって普通に面白くね?」って思い直すことになり、原作漫画も改めて読んでみようと感じるようになりました。

こんな感じで一度面白くないと感じた作品に時間を置いて触れたら面白いと感じるようなことが、時々あったりするから不思議です。

トニカクカワイイの場合、連載で読むよりある程度纏めて読む方が僕に合っていたということもあるかもしれません。そういえば、『ハヤテのごとく!』も単行本で読んでいた時は楽しんでいたけど、連載で追うようになってから飽きてしまったことがあるような・・

ともかく、アニメ版でもトニカクカワイイ夫婦の物語の1巻の感想です。

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お笑いタレントのとにかく明るい安村を彷彿とさせるようなタイトルですが、トニカクカワイイはすぐに裸が飛び出すようなギャグマンガではありません。だからといって安易に裸が飛び出すようなラブコメでもありませんが。(笑)

程度と内容にもよりますが、あんまりお色気成分の強いラブコメ作品は個人的には苦手で、どちらかと言えば安易なお色気要素を含めていないけど上手なキャラクターの掛け合いでドキドキさせるようなラブコメ作品の方が個人的には好みなのですが、トニカクカワイイはそっち寄りのラブコメ作品なのではないかと思います。

もっとも、普通のラブコメ作品と違って主人公とヒロインが結婚するところから始まるという少年向け作品としてはかなり珍しいタイプの作品でもあり、それがトニカクカワイイで最も個性的な部分と言えます。いや、もっと大人向けの作品であれば結婚生活を描くような作品は珍しくありませんが、中高生の年代を描くラブコメ作品では掟破りというか、普通であればゴールとなるエピソードを最初に描いてしまったという感じがしますね。

だって、トニカクカワイイという作品を全く知らない人がヒロインのウエディングドレス姿の1巻の表紙だけを見たら間違いなく最終巻だと感じるはずです。そして、1巻という数字を見てビックリすると。(笑)

主人公は星空と書いてナサと読む少年で、幼い頃からそのキラキラネームを馬鹿にされていると感じて、馬鹿にされない人間になろうと勉強に運動にと猛烈に努力して中学生になる頃には中々の天才児が仕上がっています。

しかし、理屈など無くとにかく可愛いととある女の子に目を奪われ、それが原因でトラックに轢かれてしまいます。そのとある女の子が気付いて庇わなければどなっていたのかという事故で、かなり強く体を打っているはずなのに何故か無事な様子な女の子はトラックの運転手の制止を振り切ってクールにその場を立ち去ります。

そして、ナサもまたあまり無事では無さそうな様子なのに、トラックの運転手の制止を振り切って「とにかく可愛いから」とその場を立ち去ります。

これじゃあひき逃げならず、ひかれ逃げですね。トラックの運転手からしたら通報義務があるのに、警察が到着する頃には被害者がいなくなっているという説明が難しい状況です。(笑)

とにもかくにも、女の子を追いかけたナサ君ですが、なんと名前も知らない女の子にその場で告白。そして、女の子の方も結婚するなら付き合うとまさかのオーケー。なんというか、ファンタジーな要素は何もないのにあまりにも超展開すぎて記憶に残るプロローグですよね。

一目惚れってのは現実にもあるのかもしれませんが、ここまで素早く行動に移すようなケースって現実には・・ありますね。いわゆるナンパとかなんて「あの娘が可愛い」って声を掛けるのと同じといえば同じです。(笑)

しかし、ナサ君のケースはもっと重々しいというか、ナンパには見えません。こんな真剣な告白を名前を知らない女の子にするってのはさすがに現実には無いでしょう。あるとすればテレビ番組で後々紹介されるレベルです。

なんて夢の中のような経験をしたナサ君ですが、目が覚めてみればその女の子が自分を訪ねてくるようなことも無く、そのまま3年ほど時間が経過するのですが、「久しぶり」とあまりにもアッサリと女の子はナサ君の家にやってきます。結婚できる年齢まで待ったということなのでしょうけど、主人公とヒロインの出会いとしては間違いなく初めてのケースですね。

そして司という名前をここで初めて自己紹介し、その直後に婚姻届けを渡すヒロインとか、行動だけ見たらヤンデレっぽいですけど、あくまでもクールで正直何を考えているのか分からないところがあります。

ですが、トニカクカワイイは何故か結婚がゴールではなくスタートだった二人のラブコメを描いた作品なので、その何故かを気にしていては素直に楽しめません。僕も連載開始時に読んだ時にハマらなかったのはその辺が気になってしまったからだと思います。

しかし、その辺の細かいところを気にせずにいれば結婚から始まるラブコメを素直に楽しめる作品だと思います。

いろいろなものをすっ飛ばしているから初々しいナサ君に、クールだけど不意打ちには弱いところのある司ちゃん。夫婦であれば当然の言動に一喜一憂する姿が面白いと感じました。

 

『ガンバ!Fly high(16)』ついにオリンピックが開幕(ネタバレ含む感想)

 

ガンバ!Fly highは、逆上がりもできない運動音痴な少年が自分にも何か誇れるものが欲しいと、何もないところからオリンピックで金メダルが取りたいと体操を始める物語の漫画でした。

繰り返しますが何もないところから始まります。

今でこそ鉄棒の天才と言われる藤巻駿ですが、最初の試合では参加点のみの1点を叩き出し、苦手だった跳び箱(跳馬)も不細工ながら初めて跳べたと喜んでいるような始末でした。

そんな主人公・藤巻駿が、文庫版16巻にしてついにオリンピックまでやってきました。

感慨深くありつつも、もうこれが最後の大会で最後のエピソードなのだと既に寂しさも覚えていますが、その分盛り上がりも一塩なのではないかと思います。

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シドニーオリンピックは藤巻駿にとって二度目の国際大会になるわけですが、一度目の国際大会であるアジア大会の予選において日本は不調を極めていたのに対して、シドニーオリンピックは予選から好調の滑り出しでした。

しかし、好調で日本にミスがあったわけでもないのに3位以上に大きく差を付けられての4位という結果。ミスがあったのであれば調整のしようもあるのでしょうけど、むしろ良いと思える演技ができたにも関わらずこの結果は日本に暗い影を落とします。

とはいえ、最良の演技が世界に届かないこの結果はガンバ!Fly highのファンとしては望むところって気もします。

どん底から勝ち上がるってのがガンバ!Fly highらしくある展開だとも思えますし、何よりこのことは日本に決死の体操に挑戦させるキッカケともなります。

個人戦である種目別競技ですら、本来であればある程度の安全マージンを取った演技構成にするものなのでしょうけど、団体戦でギリギリの演技に臨もうというわけですね。

そんなギリギリの演技はそれこそ初期の平成学園の体操を彷彿とさせますし、成長した藤巻駿たちがどのような演技を見せるのかとワクワクします。

王景陽を擁する中国が強敵なのかと思いきや、ロシアのチェレンコフ兄弟も手ごわそうですし、まさかのアンドレアノフがコーチとなり日本の前に立ちはだかったベラルーシに、藤巻駿のトカチェフ前宙を始め高難度の技をこなすアレクサンドル・グレンコは藤巻駿に敵愾心を燃やしています。

そんな強敵たちを相手に日本はどう立ち向かうのか?

16巻では、本選の一種目目をようやく終えたという所ですが、それだけに次巻の盛り上がりを煽るだけ煽られたという感じがします。

繰り上げで代表選手になった内田も、他の選手を立てつつもチームの原動力となる役割を任されて活躍したり、堀田は珍しく緊張の表情を浮かべるものの王景陽に迫る決死の床の演技を成功させたり、嵯峨なんてそういえば初登場時には内田との確執がありましたが、今はチームメイトとして認めている様子を見せたり、ある意味では即席とも言える日本代表チームではありますが、今まで戦ってきた相手だからこそ即席ではない感じが良いですよね。

さて、いきなり180度話が変わりますが、ガンバ!Fly highの文庫版が刊行されるにあたって一つだけ気になっていることがありました。

それは、「果たしてガンバ!Fly high外伝に収録された短編たちは果たして文庫版に収録されるのか?」ということです。

個人的には、後日談なんかも含まれるガンバ!Fly high外伝も含めて完結した作品だと思っているので、是非とも収録して欲しいと思っていたのですが、この16巻にその内の一つである『初恋純情編』が収録されていました。

恐らく次の17巻が最終巻かと思いますが、分けて収録されるという感じになるのではないかと推測します。いずれにしても、ちゃんと収録されて良かったと思いました。

ちなみに、『初恋純情編』とは岬コーチの高校生時代のちょっと苦い初恋を田所のおばあちゃんが相楽まり子と折笠麗子に語るというガンバ!Fly highには珍しい女性しか登場しないコイバナのエピソードとなります。

『意味がわかると怖い4コマ』オチの先を用意した4コマが面白い!(ネタバレ含む感想)

 

意味がわかると怖い話って昔から怖い話の定番の一つです。

「あれ、その話のどこが怖いの?」

「で、そのオチはどこにあるの?」

そんな風に思わせておいて、実はよくよく考えると・・「ひぇ~!」って話のことですね。

そういう話には、あえて本当のオチを語らない所に怖さと面白さがあると思います。

意味がわかると怖い4コマはそれを文字通り4コマで表現した作品なのですが、基本的には起承転結で最後にはオチを求められる4コマで本当のオチを語らないというところに興味深さがありますね。

普通であればオチの説明なんて興覚めもいいところですけど、意味がわかると怖い4コマの場合はまるで答え合わせのように本編の裏側に一体何が怖いのかが書かれています。

これには賛否もありそうなところですが、個人的には面白かったと思います。

「いったい本当のオチは何なのだろう?」とちょっとしたクイズ感覚で読むことができますし、実際中には4コマ本編を読んだだけでは何が怖いのかが分からなかったけど、答えを読んで「なるほど。こわっ!」ってなる作品もあったりして面白かったです。

更にはその答え合わせすら、少なくとも怖さの理由は教えてくれつつもある程度の想像の余地を残したものになっているものも多いのも面白いところ。

こういう怖さって結局のところ人間の想像力が作り出すものなので、最後まで想像力を掻き立てさせようとする演出なのだと思われますが、なんとも新しいタイプの発想の4コマで楽しかったです。

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さて、意味がわかると怖い4コマなんて作品に興味を持って読んでみた僕ですが、実は怖い話にはそれほど詳しくはありません。あまり触れていないジャンルというか、そんな感じです。

しかし、4コマという特性上多くのエピソードが語られていますが、意味がわかると怖い話のバリエーションの多さに驚かされました。

中には、話そのものではなく絵の中に怖さのヒントがあるようなエピソードもあったりして、セリフやモノローグの中に怖さのヒントがあると思って読んでいた僕は最初なぜ怖いのか分からなかったりもしたのですが、答え合わせを見て改めて絵をじっくり見るなんて読み方も楽しかったです。

というか、慣れた人が漫画を読む時は絵もセリフもサラッと読み流してしまいがちだと思うのですが、恐らく作家さんの立場から言えばもっとジックリ読んで欲しいと感じているのは間違いないのではないかと思います。そういう意味で、何が怖いのかを考えさせた上に、分からなかった場合に答え合わせとして改めて読ませるということを自然に実現している本作品は、ジックリ読ませるという点においても秀逸なのかもしれませんね。

ちなみに、意味がわかると怖い4コマは意味がわかると怖い「ひと」「あの世」「この世」「未来」「童話」の5章立てになっていました。

「ひと」は文字通り人が怖い話で、「あの世」は生死に関わる怖い話。「この世」は人が怖い話と被る部分もありますが、日常の中に潜む怖い話という感じでしょうか。「未来」も人と生死が被る部分もありますが、現時点ではなくこれから起きる怖さを彷彿とさせる話。「童話」と聞くと本当は怖いグリム童話的なものを想像しそうですが、童話の新解釈といった話になっているように感じました。

怖い話に詳しい人なら「あ~あのパターンね」ってそこまで新鮮には感じないのかもしれませんが、詳しくない僕としてはこのエピソードの豊富さを楽しめました。

また、前述した通りクイズ感覚で何が怖いのだろうと考えながら読むからか、怖さそのものはあまり感じませんでした。これは良し悪しだとは思うのですが、本当にゾッとするような怖さを求めている人には物足りないと感じられそうなものの、怖い話が苦手な人でも様々な怖い話を手軽に楽しめるという良さがある作品なのではないかと思います。

『ヒカルの碁』の最強棋士・佐為に勝ったヤツがいるらしい

 

週刊少年ジャンプ系の作品。とりわけバトル系の作品には必ずと言って良いほど師匠ポジのキャラクターが登場しますよね。

代表的な所だと『ドラゴンボール』の亀仙人や『幽遊白書』の幻海。最近再アニメ化された『ダイの大冒険』のアバンや、映画化や続編の連載などで勢いが残っている『るろうに剣心』の比古清十郎。エトセトラエトセトラ・・

師匠ポジのキャラクターに限らず、目指すべき、あるいは超えるべき存在がいるということは物語に深みを与える役割があるのかもしれませんね。

そして、バトル漫画でこそありませんが同じく週刊少年ジャンプの連載作品である『ヒカルの碁』にも師匠ポジのキャラクターとして藤原佐為が登場します。

本記事では、絶対無敵の無敗の棋士として描かれた藤原佐為について、その魅力や主人公の片割れでありながら途中で消えた理由。そして実は最強棋士である佐為に勝ったことがあるヤツもいるのだということに触れていきたいと思います。

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藤原佐為とは?

ヒカルの碁』の主人公・進藤ヒカルの師匠ポジのキャラクターで、平安時代天皇囲碁指南役をしていた棋士の幽霊である。

実在の江戸時代の天才棋士本因坊秀策に取り付いていたこともあり、『ヒカルの碁』においては本因坊秀策の打った碁は佐為によるものということになっています。

そして本因坊秀策といえば当時の公式戦である御城碁における19戦無敗のエピソードが有名で、その影響もあるのか佐為は作中で絶対無敵・無敗の棋士として描かれています。

烏帽子を被ったイメージ通りの平安貴族といった風貌で、囲碁の対局シーンでは真剣でキリっとした格好良い表情を見せますが、直接コミュニケーションを取れるのが子供であるヒカルだけだからか、子供っぽい可愛らしい姿を見せることも多かったりします。いや、佐為の年齢は不詳なので実は本当にかなり若いのかもしれませんが。(笑)

それに容姿端麗なので女性と勘違いしている原作の読者がアニメを見て「えっ、佐為って男だったの!?」と驚くケースも多かったとか。(笑)

また、ヒカルにしか認識できない存在でありながら、謎の最強の打ち手がいると世界中に存在を認識させたという意味で興味深いキャラクターでもあります。『ヒカルの碁』の連載当時はインターネットが黎明期を終え、世間一般に普及し始めたような時代だったかと思いますが、そんな中でネット対局という形で存在を知らしめたのは新しかったのではないかと思います。

佐為は何故消えたのか?

さて、ほとんどダブル主人公の片割れくらいの扱いだった佐為というキャラクターですが、しかし物語の半ばで完全に成仏して退場してしまいます。

明らかな人気キャラクターだっただけに、あまりにも意外な展開というか、どうしてそんな展開にしてしまったんだという疑問があります。

これにはメタ的な視点と物語的な視点の両方から理由付けができると思います。これらが絶対に正解なのかは分かりませんが、いくつか佐為が消えた理由を考察してみましょう。

物語が延長されることになったから

かなりメタい理由ですが、もともとは佐為が消えてからそこまで長く物語を継続させる想定は無かったのではないかと推測されます。実際、北斗杯編以降は第二部として少しに休みを挟んでから連載を再開されていました。

第一部までであれば、佐為が消えて、ヒカルがその失意から立ち直り、ライバルであるアキラと本当の初対局を迎えるところまでで完結しています。つまり、佐為が消えてからもそこそこ長く続いているものの、物語としてはかなり綺麗なエンディングを迎えているのです。

しかし、人気があったらから第二部が継続したものの、さすがに成仏した佐為を復活させるわけにはいかないですよね?

そして恐らくですが、この辺りが佐為が消えた理由の本命なのではないかと思われます・・が、メタ的な視点だろうが物語的な視点だろうがもう少しちゃんとした理由付けをしてみたい所です。

佐為が現世に留まる理由がヒカルに引き継がれたから

物語の途中で佐為が消えたのは第一部で完結する想定だったからという予想ですが、しかしそれでも佐為が消えた物語的な理由付けにはなっていません。

本因坊秀策に憑いて、そして本因坊秀策が亡くなった後も長い間ヒカルのじいちゃんの碁盤に憑いていたにも関わらず、僅か数年のヒカルとの日々を経ただけで成仏した理由。

佐為自身は、塔矢行洋との対局をヒカルに見せるために神は自分に千年の時を与えたのだと納得していましたが、恐らくそれは微妙にズレた正解だったのではないかと僕は推測します。

話が少し逸れますが、そもそも幽霊が現世に留まる理由といえばこの世への未練のはずです。

そして、佐為の未練とは当初より語られていた通り「神の一手をまだ極めていない」という一点に尽きるのではないかと思います。いや、「もっと碁が打ちたい」とかそういう未練もあったとは思いますが。(笑)

そして、恐らく佐為が本因坊秀策に憑いた時は一心不乱にその未練を果たそうとしていたのではないでしょうか?

だからこそ本因坊秀策が亡くなった後にも、その未練は果たされていないから現世まで再び永らえたのだと思います。

しかし、現世でヒカルに憑いた佐為は自分自身が囲碁を打つことは少なくなり、前述した通りヒカルの師匠のポジションに付きます。

囲碁への未練はあり、自由に囲碁を打てるヒカルを羨ましく感じつつも、ヒカルの成長のために動いています。

そして、「神の一手」なんていう遠い未来に行き着くかどうかも分からないようなものなんて、師匠から弟子へ、そしてまたその弟子へと、長く長く引き継がれていった経験があって初めて到達できるかもしれないもののはずです。

ひょっとしたら佐為は、ヒカルの師匠として振舞う内に無意識の内に「神の一手を極める」という悲願を無意識の内にヒカルに託す気になっていて、それを塔矢行洋との対局で無意識に自覚したのではないでしょうか?

つまり、佐為が消えたのは神の意志などではなく、佐為自身が無意識の内に自身の役割をヒカルに引き継ごうとしていたからなのではないかと思うわけです。

終盤の、未来のあるヒカルへの嫉妬心が抑えられない佐為を見ているととても自分の意思で成仏しそうな感じではありませんが、先達が自分よりも先の長い若者を羨ましく思うのはある意味当然のことで、そのこと自体は成仏しない理由にはならなかったのかもしれませんね。

佐為は絶対無敵・無敗の棋士だから消えた

こちらもメタい理由ですが、佐為は絶対無敵・無敗の棋士だから消えたのではないかという推測です。

前提として、佐為は絶対無敵・無敗といっても佐為の棋力は一体どの程度なのかについて考察しておく必要があります。それは、作中でも語られている通り本因坊秀策が現代の定石を覚えたくらいの強さなのだと思いますが、それは恐らく現代のトップ棋士に通用こそすれさすがに絶対無敵・無敗とはいかないのではないかと思います。

つまり、ヒカルのいるステージがプロの世界に上がったことで、相対する相手も佐為ですら絶対に勝てるとは限らない相手になってきたわけですね。

なんなら、何度も練習対極をしているであろうヒカルが相手でも描かれていないだけで必勝とまではいかなくなっている可能性すらあったと思われます。ヒカルも中学生でプロ棋士になるくらいの才能がある棋士なわけで、それくらいのレベルの棋士であればトップ棋士に一発入れてもそこまで不思議なことはありませんしね。

とはいえ、佐為はそのキャラクター性からして絶対無敵・無敗の棋士という立ち位置なわけで、負けてもおかしくないくらい周囲のレベルが上がった段階でいつまでも登場させるわけにはいかなくなったというのも考えられない話ではありません。

しかし、実はそんな佐為に本編で勝ったことのある棋士が、それぞれ何かしらの特別な事情があったとはいえ3名だけいたりします。

佐為に勝ったヤツって誰?

平安の都の囲碁指南役

一人は佐為が入水自殺する原因を作った平安の都の囲碁指南役ですね。アゲハマを誤魔化すというズルを巡るいざこざに動揺して佐為は敗れてしまうのですが、ズルしたアゲハマは1目だけのようですし、負けたということは本来の対局結果も少なくとも持碁か負けていたということになります。

佐為が動揺していたとはいえ、持碁以上の結果を得るとはこの平安の都の囲碁指南役は相当な実力者だったに違いありません。

ズルなんてしなきゃ凄いヤツだっただろうに、それだけちょっとした勝敗が人生を分けかねない時代だったのかもしれませんね。

加賀鉄男

将棋部の加賀も実は佐為に勝ったことのある数少ない一人です。

と言っても、完全な勝利というよりはヒカルが一手だけ間違えて佐為の指示通りの手を打てなかったからなのですが、そんなミスがあったとはいえ佐為ほどの実力者の猛追から最後まで逃げ切った加賀の実力は相当なものなのではないかと思われます。

ちなみに、たった一手のミスで結構な実力者とはいえ一般の中学生でしかない加賀に負けてしまう佐為の実力を囲碁を知らない読者がどう感じたのかが気になる所です。

ちなみに、連載当時囲碁のことをあまり知らなかった僕は、「えっ、たった一手だけで負けるとか弱くね?」って感じました。

まあ、一手といってもその価値は様々なので一概には言えませんが、加賀と佐為の対局でのミスはかなり大きいものの、まだ逆転の余地がありそうなタイミングでした。実際は、佐為は半目差まで迫っていますし、それだけに加賀の勝利は貴重なものだったのではないかと思います。

塔矢行洋

最後は佐為に勝ったと聞いて最も違和感のない塔矢行洋ですね。

こちらはヒカルの新初段戦で、佐為が我儘で15目のハンデがあるつもりで打った一局です。もともとパワーで相手の石を取って勝つような棋風の打ち手であれば、15目のハンデがあるつもりでもそこまで普段と違った打ち方にはならないかもしれませんが、佐為は明らかにそういう棋風ではないので15目差のハンデがあるつもりで塔矢行洋と打つのはかなりの負担だったのではないかと思われます。

これが、佐為がズルもミスも無く負けた唯一の対局となります。ズルもミスも無い代わりに自らにハンデをも課していましたが、ルール上はハンデどころか自分の方が有利(逆コミ)なハンデがある状況。かつ佐為自身が納得して臨んだ対局なのでこの敗北には文句の付けようがありません。

それだけに、塔矢行洋が佐為が最後にヒカルに見せた対局の相手として相応しいことが強調されたような気もします。

数話しか登場しないのに物語の骨子を作った名脇役といえば?

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金色のガッシュ!!に登場するコルルというキャラクターをご存じでしょうか?

出オチになりますが、この金色のガッシュ!!コルルそが「数話しか登場しないのに物語の骨子を作った名脇役」として本記事で紹介したいキャラクターとなります。

漫画に限らず、世の中のフィクション作品の中には数多くの名脇役が登場します。

それは例えば、最初は敵だったり最初から主人公についてまわる親友だったりとその役どころは様々ですが、いずれにしても主人公やヒロインに次ぐ頻度くらいで登場するキャラクターであることが多いのではないかと思います。

そういう意味では物語の序盤に数話登場したきりであるにも関わらず、物語の骨子に影響を与え続け、いつまでも記憶に残る存在感を放っていたコルルがとても特殊なキャラクターに感じられます。

厳密には、コルルのような役割を果たすキャラクターも少ないものの他に存在はしますが、個人的にはコルルほど印象に残っているキャラクターはいません。

とても魅力的なキャラクターなので、本記事を読んでコルルのようなキャラクターが登場する金色のガッシュ!!を読んでみたい。あるいは見てみたいと感じてくれる人がいたらとても嬉しいです。

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金色のガッシュ!!とは?

金色のガッシュ!!とは週刊少年サンデーで2001年から2008年にかけて連載された漫画で、2003年から2006年の約3年に渡りアニメ放送もされていた人気作品となります。

1990年代くらいまでは1年からそれ以上放送されるアニメも珍しくありませんでしたが、一部の長寿アニメを除けば3年もアニメ放送されるのは当時としては既に珍しかったような気がします。

それだけ金色のガッシュ!!が人気作品だったということが分かりますね。最終章のみアニメ化されなかったのは残念でなりませんが、それでもこれほど満足のいく形のアニメ化は近年では見られないのではないかと思います。

興味がある人はこちらでみられますよ!

・・とまあ、どれだけ人気作なのかは置いておいて本記事の読者が知りたいのは「結局どんな作品なんだ!」ってことかと思いますのでそれを語りましょうか。

端的に言うと、魔物の王様を決めるための戦い参加する100人の魔物の子供たちが、魔界から人間界にやってきてパートナーとなる人間とタッグを組み勝ち残りを目指す物語となります。

主人公の天才中学生・高嶺清麿と記憶喪失の魔物・ガッシュベルも、その人間と魔物のコンビとなります。いわゆるバディもののダブル主人公ですね。

本ブログでも「平成最高の激熱バディもの漫画」として金色のガッシュ!!を紹介していますので、興味がある人はこちらもご覧ください。

www.aruiha.com

さて、そんな金色のガッシュ!!の魅力は一体何なのか?

名作名作とだけ連呼されても、何がそんなに良いのか分からないかと思うので、コルルの話に入る前に簡単に金色のガッシュ!!の魅力をおさらいしておこうかと思います。

1.魅力的で個性的なキャラクター

本記事で紹介しようとしているコルルに限らず、金色のガッシュ!!に登場するキャラクターの誰もが非常に個性的で魅力的です。

主人公ペアのあずかり知らない所でつぶし合っているような魔物と人間のペアもいるため、100体全ての魔物と人間のペアが描かれているわけではありませんが、それでも敵味方併せて50組以上のペアが登場しています。高嶺清麿のクラスメイトなど、魔物と人間のペア以外のレギュラーキャラクターも併せたら少なく見積もっても150近いキャラクターが登場していたのではないでしょうか?

とはいえ、そのキャラクターの登場数だけであれば特に驚くことは無いかもしれません。同じくらいの連載期間の作品であれば、まあそれくらいの登場人数は珍しくないところでしょう。

しかし、金色のガッシュ!!の凄いところはこれらのキャラクターのほとんどが、作中では描かれていない部分も含めて何かしらの物語の存在を感じさせるほどに作り込まれているのです。

魔物の王様を目指すという最終的な目標は同じであるにもかかわらず、魔物も、パートナーの人間も、それぞれが抱えている思惑が異なっていて、その微妙な違いがきっちりと描き分けられている。

だからこそどのキャラクターにも愛着が湧きますし、魅力的に感じられます。

また、キャラデザもキャラクターの性格も、多くは作者の雷句誠先生でなければ描けないのではないかと感じられるほどに個性的なのです。

それに普通、150人ものキャラクターが登場していたら似たようなキャラクターが絶対に生じてくるはずだと思うのですが、金色のガッシュ!!の場合はほぼ完璧に描き分けられている。

これは改めて考えても凄まじいことなのではないでしょうか?

本記事で「数話しか登場しないのに物語の骨子を作った名脇役」として紹介しようとしているコルルはまさにその最たる例であるとも言えるのですが、恐らく作者の雷句誠先生が脇役まで含めて登場人物の一人一人を大事にしている漫画家だからこそ、これほどのキャラクターが生まれたのではないかと思います。

ヒロイン的な位置づけのティオと大海恵のペア。

ライバル的な位置づけのブラゴとシェリーのペア。

友達的な位置づけのキャンチョメとフォルゴレのペア。

ペット的な位置づけのウマゴンとサンビームのペア。

ガッシュたちメイン所の人間と魔物のペアだけでもこれだけの個性的なキャラクターが登場していますし、魔物の王様を巡る戦いからは脱落したペアの人間の中には、ペアの魔物が魔界に帰ってしまった後もレギュラー化しているほど個性的なキャラクターもいます。ナゾナゾ博士とかいうなんじゃそれって名前のキャラクターはその筆頭になるのではないかと思います。

それだけ魅力的で個性的なキャラクターが数多く登場するのに、一人絞って紹介したくなるようなキャラクターが数話しか登場しないコルルなのだと考えたら、より一層コルルってどんなキャラクターなんだろうって気になってきませんか?

2.友情・努力・勝利

友情・努力・勝利といえば週刊少年ジャンプの三大原則で、全ての掲載作品に三大原則の最低一要素を入れることを編集方針としています。

そして金色のガッシュ!!週刊少年ジャンプの作品ではありませんが、個人的な感想としては週刊少年ジャンプのどんな作品よりも友情・努力・勝利がバランスよく描かれていたのではないかと思います。

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金色のガッシュ!!」より引用

高嶺清麿とガッシュの主人公ペアをはじめ、魔物と人間のペアの間には様々な形の友情が描かれています。兄弟や姉妹のようであったり、親子のようであったり、戦友のようであったり、 中には友情とは呼べないような間柄のペアもいたりしましたが、とにかく雷句誠先生には一体どれだけ友情の引き出しがあるのだと驚かされます。

また、魔物の王様を巡る戦いはいわゆるバトルロイヤル形式のため、その時点で魔物と人間のペア同士が仲間になるという要素は無いようにも感じられますが、「自分自身が王になる」のではなく「〇〇な王様がいる魔界を作る」ことガッシュが志すようになったことで、魔物と人間のペア同士の友情も自然に成立させてしまった所が金色のガッシュ!!の秀逸なところ。やはり、少年漫画における友情を語る上で仲間の存在は外せませんからね。

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金色のガッシュ!!」より引用

また、序盤におけるガッシュたちは決して強いキャラクターではありませんでした。強い部分があるとしたら、ずっと一貫した目標意識の強さのみだったのではないでしょうか?

格上相手に仲間と協力しながら勝利し続ける泥臭さ。そしてそこに至る努力金色のガッシュ!!の魅力を語る上で欠かせない要素であることは間違いありません。

そして、そんなガッシュたちの一貫した目標意識に基づく努力の根源にあるのもまたコルルというキャラクターなのです。

だから早くコルルについて話せって思われるかもしれませんが、コルルを語る上ではやはり金色のガッシュ!!という漫画の素晴らしさをある程度知っておく必要があると思うのでもうちょっと待ってくださいね!

3.魔本という秀逸な設定

魔本というのは、魔物の子供たちがその能力を人間界で発動させるためにひつようなもので、パートナーの人間が心の力を込めて呪文を唱えることでその魔物の子供が持っている能力・術を発動することができます。

それだけでも、魔物と人間のペアを自然に形にする役割を担っていますが、もっと秀逸なのは魔本が燃やされてしまうとその魔物の子供は強制的に魔界に帰らされてしまうという点です。

これにはバトルロイヤル形式である魔物の王様を巡る戦いのルールを厳正なものにする意味合いもあったかと思いますが、どちらかと言えば対象年齢が低めの作品である金色のガッシュ!!において、『死』という要素を排しておきながら『死』という要素を演出できている点こそが秀逸なのではないかと思うのです。

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金色のガッシュ!!」より引用

魔物の子供が魔界に帰ることは、人間界との、パートナーの人間との永遠の別れを意味します。別に魔物の子供はそれで死ぬわけではないのですが、そのワンシーンは『死』を彷彿とさせる永遠の別れのようで、だからこそ幼い子供でも楽しめる健全な物語でありながら、様々な形の『死』を演出するということに成功しているのですね。

そしてフィクション作品における死者は、残されたキャラクターに何かしらの意思を残すのが常です。コルルもまたそうして『死』を演出され、ガッシュたちにとても重要な意思を残したキャラクターなのです。

4.とても一貫性のあるストーリー

ある程度の長さのあるストーリーものの漫画の場合、名作といわれる作品の中にも幾度かの方向転換を強いられているものは少なくありません。

有名どころだと例えば、最初は冒険要素のあるギャグ漫画だった『ドラゴンボール』がいつの間にかバトル漫画になっていたりしたのが顕著な例でしょうか。

これは長期連載があくまでもビジネスである以上、その時その時の読者のニーズに応えるために致し方ない部分もあるのだと思います。それに同じ路線を貫くためには、作者自身にも自信と確信が必要なのかもしれませんね。

しかし、金色のガッシュ!!の場合はストーリーもキャラクターの考え方も最初から最後まで驚くほどに一貫しているのです。

100名の魔物の子供たちによる魔物の王様を決めるための戦いという、余程の技量が無ければ続ければ続けるほどマンネリ化してしまいそうな設定を最後まで貫き、最後に魔物の王様を決めるところまで綺麗に完走させているのです。

また、一貫しているのはストーリーだけではなくキャラクターの考え方もです。

主人公ペアの魔物であるガッシュは、序盤にあるキッカケで生じたやさしい王様になる。やさしい王様のいる魔界を作るという意思を最後まで貫き通して、要所要所での言動にそれが現れています。

そんな風にキャラクターが一貫しているからこそ魅力があるのですが、そんなやさしい王様のいる魔界を作るというガッシュの最終目標を生み出すキッカケになったのがまたコルルなのです。

コルルってどんなキャラクター?

前置きが長くなりましたが、いよいよコルルについて紹介していきましょうか。

どちらかと言えば好戦的な魔物の方が多く参加している魔物の王様を決める戦いですが、コルルはそんな中でも際立って心優しい性格の魔物となります。

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金色のガッシュ!!」より引用

パートナーの人間である女子高生・しおりに雨の中拾われますが、本物の家族とはうまくいっていないしおりとは本物の姉妹のように仲が良くなります。

本当に優しい姉妹のようで、最初にガッシュと出会った時もその仲が良い姉妹っぷりにガッシュが嫉妬してしまう程。いや、ガッシュはそもそもが割とヤキモチ焼きな正確な気がしますが。(笑)

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金色のガッシュ!!」より引用

高嶺清麿とガッシュの関係も日常時はまるで兄弟のようですし、幸せそうなコルルガッシュが当てられてしまうのも分からなくはありませんね。

とはいえ、コルルは魔物の王様を決める戦いに参加するために人間界に来たのであって、パートナーの人間と姉妹ごっこをするために来たのではありません。

しかし、だからといって戦う意思の無い者が無理に戦う必要もないのでしょうけど、そうは問屋が卸さないようです。

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金色のガッシュ!!」より引用

ゼルクというコルルの魔本の呪文をしおりが唱えると、優しいコルルの面影も無い凶暴な魔物の姿へと変化してしまいます。実は、戦う意思の無いコルルのような魔物には戦いから逃げられないように別人格が与えらえることになっていたようです。

最終的にコルルのように別人格を与えられた魔物が少なくともガッシュたちが出会った中には登場していないことからも、コルルがずば抜けて優しい性格の魔物だったということが窺えますね。

しかし、こうなってみるとしおりがコルルのパートナーであったことは不幸中の幸いとは全く逆で、パートナーではなかった方が幸せな姉妹ごっこを続けることができたかもしれません。しおりがパートナーでなければ、魔本の呪文を唱えることも無かったわけですしね。

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金色のガッシュ!!」より引用

強制的な戦いに涙を流しながら投じるコルルとしおりの姿は、ド派手な技も少ない最序盤であるにも関わらず金色のガッシュ!!の全編通してもトップクラスに印象的な戦闘シーンだったのではないかと思います。

そんなコルルを相手に、自らは手出しをせずにコルルとしおりを信じて攻撃に耐え続けたガッシュの姿にも、強制的に与えられた人格に打ち勝って攻撃の手を止めることに成功したコルルの姿にも、胸を打たれるものがありますね。

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金色のガッシュ!!」より引用

そして、自分の中にある凶悪な魔物の人格がガッシュを、公園をボロボロにしたことに気付いて、自ら魔本を燃やして魔界に帰ることを決意します。本当はしおりと人間界で暮らしたかったのだと思われますが、それでもこのまま魔界の王様を決める戦いに参加し続けたらいつか自分の手でしおりを危険な目に合わせてしまうかもしれないという考えもあったのかもしれませんね。

その時にコルルが言い残した「魔界にやさしい王様がいてくれたら・・。こんな・・つらい戦いはしなくてよかったのかな・・?」というセリフ。

これこそが金色のガッシュ!!という漫画の物語の骨子を作ることになった作中でも最重要なセリフとなります。

やさしい王様になること。 

それこそがガッシュと高嶺清麿の目指すところとなり、コルルが魔界に帰ってから物語の最後の最後までの間、ずっと根付いていく意思となります。

つまり、ガッシュや高嶺清麿が頑張って戦っている背景には常にコルルがいるわけですね。

原作では3話(LEVEL.16~18)しか登場していないにも関わらず、常にその存在を感じさせるとは凄まじい存在感のキャラクターでした。

ちなみに、アニメ版に至っては僅か1話(第8話)しか登場していないので、興味がある人はこちらを見てみましょう。

アニメ版では最初からガッシュのことを知っていてコルルガッシュのことを警戒するというようなシーンが一瞬ですが描かれているので、原作ファンが読んでも興味深いと思いますよ。

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金色のガッシュ!!」より引用

ここで一つやさしい王様になるというガッシュの意思がどれだけ強いものなのかを象徴するエピソードを紹介します。バリー(魔物)とグスタフ(人間)のペアは、序盤に登場する敵の中ではかなりの強敵でガッシュたちは敗北スレスレまで追い込まれます。

ただでさえ強敵が相手なのに、戦いに巻き込まれた者を逃がしたりしていたので更に不利な状況に陥ってしまっていました。

まあ、結果的にその時のガッシュが放っていた凄味に圧されてバリーはトドメを刺すことができなかったのですが、グスタフはそんなガッシュにどのような王を目指しているのかと問いかけます。

当然、それはやさしい王様だとガッシュは答えるのですが、この時の戦いではそのせいで敗北しそうになってしまっていたのも事実です。それでもやさしい王様を目指すのかと問われ「それ以外に・・。私の王はない!!」ガッシュは変わらぬ意思を答えます。

なんともしびれるセリフですが、金色のガッシュ!!にある数々の名シーンにはこのようなやさしい王様を目指す意思の力が必ずと言っていいほど関係しているのです。

邂逅編でも、石板編でも、ファウード編でも、クリア・ノート編でも、かなりの頻度でやさしい王様というキーワードは登場していて、それだけやさしい王様というのは重要なキーワードなのですが、何度も繰り返します。その背景にいるキャラクターこそがコルルなのです。

・・なんて。

どんなに持ち上げたって所詮はたった3話しか登場していないキャラクターなんでしょ? ・・と、金色のガッシュ!!を未読の人の中にはそんな風に感じる人もいるかもしれませんね。

3話しか登場していないという事実は確かにその通りでそれは否定のしようがないのですが、金色のガッシュ!!を最後まで読んでいる人であれば、確かにコルル早々に物語から退場したものの最後の最後まで存在感を放っていて輝いていたという筆者の意見に同意してくれるのではないかと思います。

そして、それは恐らく作者の雷句誠先生によって意図されたものなのではないかと考えられます。

その根拠としては、最後のクリア・ノート編でのコルルの扱いにあります。

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金色のガッシュ!!」より引用

ずっとコルルは3話しか登場していないと言及してきましたが、実はクリア・ノート編のクライマックスと最終回で描かれた魔界ではセリフ付きで少しだけ登場しています。

そして、クリア・ノート編のクライマックスでのコルルが驚くほど美味しい役割を果たしているのですね。

強敵クリア・ノートに追いつめられてもうダメだって時に、ガッシュの赤い魔本が金色に輝きだして、今まで仲間に、友達になった魔物の最大呪文を一時的にとはいえ使えるようになったのです。

大量の最大呪文の猛攻に耐え兼ねたクリア・ノートは宇宙へと逃げ出しますが、その時に満を持して現れたのがコルルの最大呪文であるシン・ライフォジオでした。

それは発動した光の中であれば水の中でも宇宙空間でも生命を守ってくれるというやさしい術で、クリア・ノートを追いかけるための必要不可欠な術でもありました。

なんせ、ガッシュの仲間の魔物の中ではヒロイン的な立ち位置であったティオや、もっと強力な力を持っていてクリア・ノートに大ダメージを与えた魔物以上に目立っていましたからね。(笑)

凶暴な人格が現れる術ではなくこういうやさしい術コルルが持っていたことも感動的ですが、やさしい王様を目指すガッシュの前に、いよいよという場面でやさしい術を携えて現れたのが、ガッシュやさしい王様を目指すキッカケを与えたコルルだというのが、今風に言うとエモいですよね。

そして、そんな美味しい描かれ方をするということは、コルルの重要性はやっぱり意図されたものなのではないかということが言いたいわけです。

とまあ、長くなりましたがコルルの魅力は伝わりましたでしょうか?

たった数話しか登場していないにも関わらず、ここまで語ることのあるキャラクターなんて金色のガッシュ!!以外の作品に手を広げてもほとんどいないのではないかと思います。

とはいえ、金色のガッシュ!!を読んだことがある人でもそこまでコルルの存在を意識しながら読んでいる人は少ないのではないかと思います。

そういう人は、次に金色のガッシュ!!を読み返す時にはコルルの存在を意識しながら読んでみてください。

回想シーンに度々登場するというのもありますが、それだけではなくガッシュや高嶺清麿の言動の裏側に、常にコルルの存在を感じ取ることができるのではないかと思います。

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五輪予選のエピソードは恐らくガンバ!Fly highの中でも最も長く、読み応えのある内容でしたが、祭りの前の盛り上がりとしては十分すぎるほどだったように感じられます。

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しかし、そんな上野が藤巻駿を否定して帰宅しようとする一幕が印象的でした。

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上野が藤巻駿ではなく、その体操を否定する側に回る珍しい一幕ですが、これから藤巻駿がしようとしていることがそれだけ凄いことなのだと印象付ける役割としてこれ以上ない役割でしたね。

ともあれ、最終的には藤巻駿のこだわり、我儘を受け止める形で上野は協力することになります。

そんなこんなで立ち上がりは悪くない日本チームという感じでしたが、エースの杉原選手が慢性的な腰痛の悪化を理由に五輪を自体することになり、金メダルに向けていきなり暗雲が立ち込めます。

順位の繰り上げで五輪に内定することになった内田も最初は喜んでいましたが、その事実を知って複雑そうな面持ち。

ですが監督の徳丸が陰鬱とした選手たちのやる気を上手く引き出すやり手でした。あえてキャシー飛鳥の取材を内容が選手に筒抜けのロッカールームで行い、日本の優勝は無くなったと断定するかのような質問に、選手一人一人の役割を丁寧に説明した上で日本の優勝の可能性は何一つ変わらないと断言するのです。

それを聞いた選手たちは奮い立ちますが、やはり周囲からダメだダメだと言われたら自分たちでもダメだと感じてしまうもので、しかしその陰鬱さのベクトルを上手く正の方向へ変換したという感じでした。

そして、いよいよ次巻からは五輪が開幕します。

ガンバ!Fly highの最後のエピソード。名残惜しいですが楽しみですね。

『葬送のフリーレン(1)』クリア後のクリア後って感じのファンタジー(ネタバレ含む感想)

 

ファンタジーにおける冒険の終わり。しかし、往々にして終わりとは次の始まりに繋がるもので、葬送のフリーレンとはその次の始まりを描いた作品なのだと思います。

ゲームではクリア後の冒険が定番になりつつありますが、あれは次の始まりではなくあくまでも現在の冒険のオマケ要素というか、定番になりすぎてクリア後も含めて一つのストーリーになっているようなことも少なくないので、そういう意味で葬送のフリーレンはクリア後の更にクリア後の始まり。あるいは続きを描いたスピンオフのような作品と近いのかもしれませんが、それをメインとして描いているところに新しさがありますね。

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ところでファンタジー作品には人間とは寿命の異なる長命な種族が登場するのが当たり前になっています。エルフなんてその最たるもので、その生きる時間の違いに言及することのある作品は多々あるような気がしますが、多くは言及するだけで実際にその時間の違いを実感できるような作品は思い当たりません。

葬送のフリーレンでは、勇者一行が魔王を倒す旅に要した時間は10年とかなり長いですが、勇者一行の一人であったエルフのフリーレンにとっては僅かな時間でしかなく、魔王を倒した後の人生においてはフリーレン以外のパーティメンバーが次々と年老いていくのにフリーレンは全く変わりません。そこにある何とも言えない郷愁が葬送のフリーレンという作品の最大の魅力でしょうか?

「50年後。もっと綺麗に見える場所知ってるから、案内するよ」とは平和な時代の幕開けに相応しいと勇者一行で鑑賞した流星群を観た際に、まるで再会を約束するかのように放ったフリーレンのセリフですが、あまりにも長い期間にフリーレンの持つ100年足らずしか生きない人間とは違った時間感覚が如実に表れていますね。

実際、勇者ヒンメルとは約束の50年後に再会することになるのですが、イケメン風だった風貌の面影の無い年老いた老人になっていました。

他の仲間とも再会し、約束通り流星群を見ることになるのですが、それで思い残すことは無くなったとばかりに勇者ヒンメルが真っ先にこの世を去ります。

そこでフリーレンは気付きます。たった10年一緒に旅をしただけの人間ヒンメル。人間の寿命の短さを知っていたのに、何でもっとその人のことを知ろうとしなかったのか?

その経験は、フリーレンにもっと人間を知ろうと考えさせるキッカケとなるのですが、ここまでが第1話の物語です。

何とも濃厚な第1話ですが、ともあれフリーレンの人間を知るための旅が始まります。

ところでファンタジーで旅というと、どこかの街や国を目指したり、多くの人はそういう旅を想像するかと思われます。

このフリーレンの旅にもそういう側面はありますが、それ以上に長い長い人生の旅という意味合いの方を強く感じます。わずか1巻の時間の流れがとても速く、フリーレン以外のキャラクターの時間の流れは速いのに、変わらないフリーレンが何だか寂しいですよね。

さて、そんな人間より長命な種族の時間間隔での人生の旅路を描くという興味深い作品ですが、今までに無かった作品ということもありストーリーの行く末どころかすぐ後の展開すら予想が難しい葬送のフリーレン。予想できないこれからの展開にとてもワクワクします。

『結婚するって、本当ですか?(1)』結婚する理由に驚く漫画の感想(ネタバレ注意)

 

結婚するって、本当ですか?と問いかけるようなタイトルの漫画ですが、たぶん最初に結婚しようと言った本人すらそう問いかけたいと思ってしまうような結婚のキッカケに驚くような漫画だと感じました。

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結婚の前段階の恋愛すらすっ飛ばして、ただただお互いの利益のために結婚すると聞けば、例えば前時代的な政略結婚などを思い出しますが、それが個人的な事情のみとなると話は違ってくると思います。

結婚するって、本当ですか?の大原拓也と本城寺莉香の場合、なんと互いの生活を守るため、独身者が優先される転勤を回避するためという個人的な事情で婚約者となります。

旅行会社の企画造成部。シベリアにある支店の支店長としての転勤で、単身赴任には遠いこともあるので独身者が優先的に募集されることになったわけなのですが、主人公の大原拓也は飼い猫を連れていけないことを理由に断ろうとするも、それは理由にならないと跳ねのけられてしまいます。

とはいえ、どんな理由であれその重さは人それぞれで、シベリアに行くことになるくらいなら会社を退職しようと大原拓也は考えていました。

そしてもう一人、コミュ障気味なのにシベリアに単身行くのはムリだと考える者がいました。それは大原拓也の1年先輩の本城寺莉香。どうやら、かなりのコミュ障で接する人に誤解を与えるタイプの女性みたいですね。

どちらもシベリアの支店には何としても行きたくないようですが、別の社員が冗談でその回避方法を示しています。

「思いきって結婚するんですよー!! だって独身者が優先なんですよねー?」

なるほど、確かに独身者が優先なら結婚は有効な回避策になりますし、新婚ならなおさら配慮されるような気もします・・が、そのあてがあったとしてもタイミング良く結婚するのは難しい話な気がしますね。

しかし、そこで本城寺莉香は大原拓也にそれこそ思いきった提案をします。

それは自分たちが結婚することになったという嘘を周知することで一人の生活を守り、転勤の可能性が無くなったところで結婚のことはうやむやにしてしまうという作戦みたいですね。

原拓也も本城寺莉香も社内では目立たないタイプの人間なので誰もそこまで興味は持たないだろうし、この作戦でうまくいくと思っていたようですが、しかし二人の予想に反して周囲の反応は大きく盛大に祝福されてしまいます。

ということで、想像以上に婚約者らしく振舞う必要性が出てきてしまった状況になり、その状況が巻き起こすエピソードというのが結婚するって、本当ですか?という作品の骨子になるのだと考えられます。

結婚を祝うサプライズパーティが開かれたり、想像以上に周囲の注目を集めてしまったためボロがでないように「なれそめ」を作ろうとしたり、そういうドタバタが面白い。

そして、そういうドタバタを通して大原拓也と本城寺莉香の二人が思うことは同じでした。

「かんちがいしちゃダメだ」

つまり、双方ともに婚約者を演じる内に相手に惹かれ始めているということ。

これは人間何に対しても卵が先か鶏が先かということは起こりえることで、得意なことは得意だから得意なのではなく得意だと思ったから得意になったのだとか、趣味は好きだから趣味になったのではなく、新たな趣味にしようと思い触れてきたから趣味になったのだとか、そういう話と同じですね。

恋愛も同じで、とりあえず付き合った相手のことを後から好きになるというのも往々にしてあるものだと思います。

原拓也と本城寺莉香の二人が置かれた状況がまさにそうなのだと思いますが、しかしこの二人の場合はとりあえず付き合ったというのとは見かけ上は似ていても実情はかなり異なります。

とりあえず付き合った相手を好きになることは、できればそうなったら良いということが前提なので好きになったら幸せ・・ってことで大団円ですが、あくまでも演技。相手を本当に好きになることを前提にしていない付き合いなので、そこで相手を好きになってしまったら少々面倒くさいことが巻き起こる可能性があります。

なんせ、この状況では相手の本心すら分からなくなる可能性が高いですから、双方ともにかなりモヤモヤするような展開が続くのではないでしょうか?

まあ、それが読者視点ではニヤニヤしてしまうような微笑ましいものになるのだと予想しますが。(笑)

いずれにしても、最終的には演技だったつもりが本当に結婚するまでに至るという展開を予想しますが、そこまでに何があるのかが楽しみな作品だと感じました。

『龍と苺(1)』将棋を「打つ」と言ってしまうほどの初心者の活躍の感想(ネタバレ注意)

 

最年少でタイトルを獲得し、立て続けに二冠になった藤井聡太先生の効果で盛り上がる将棋の世界ですが、フィクションの世界でも定期的に将棋をテーマにした作品は生まれ続けています。

とりわけ、近年では女性の将棋指しをテーマにした作品が増えてきたようにも感じます。

やっぱり、女性初のプロ棋士というのも将棋界の関心ごとの一つだからでしょうか?

そのもの女性初のプロ棋士を目指しているキャラクターや、フィクションの世界ということで既にプロ棋士になっている女性が活躍する作品というものもありますね。

それでは、今回紹介する龍と苺の場合はどうでしょうか?

1巻はまだ導入部で、将棋初心者である主人公の目的は定まっていないように感じられますが、話の流れから恐らく女性プロ棋士を目指していく物語になるのではないかと推測されます。

初心者のまま強豪も出場する大会で勝ち進む展開には現実感がないものの、そういうファンタジーも面白いと思わされる魅力がある作品だと感じました。

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龍と苺の世界観は現実に則していて、女性でプロ棋士になった者は誰もいないという状況となります。それ故、女性は男性よりも将棋が弱いというのが周知の事実となっているのも現実と同じですが、その辺に関しては現実よりもかなり強調して描かれている印象があります。

実際には強い将棋指しに男性が多いのは頭の良さの優劣ではなく向き不向きでしかないはずですが、龍と苺の場合は女性の方が頭が悪いから・・と、かなり極端なことになっています。

恐らくですが、これは主人公である藍田苺という女子中学生の天才性をより強調するための演出なのだと思います。

誰もが女性の将棋指しを軽視している世界観の中で、ルールを覚えたばかりの女子中学生が何年もの将棋経験がある男性をなぎ倒していく姿はとても爽快に感じられますね。

この爽快さには覚えがあると思って考えてみたら、例えば近年多い異世界ファンタジーにおいて多々ある、その作品の世界観の中においては最弱だったり何かしらのハンデを持った者に無双させる展開の爽快さに似ているような気がします。

将棋の世界における女性の不利を、この爽快さのために上手く利用した作品と言えるかもしれません。

もちろん、将棋経験者から見たら有段者や元奨励会員すらなぎ倒す初心者なんて、主人公が女性であろうがそうでなかろうが現実感が無いと感じるのかもしれませんが、そこはそれフィクション作品故の魅力と捉えてしまっても良いと思います。

超有名将棋ライトノベルりゅうおうのおしごとでは、作者の白鳥先生がフィクションの世界観が現実に追い付かれそうなことを度々ネタにされていますが、龍と苺のように現実を突き放してしまうような作品もそれはそれで面白いものですし、こういう作品する10年20年後はひょっとしたら現実に追い付かれたりするかもしれないという興味も残りますよね。

しかし、1巻の最後では主人公の藍田苺は八段のプロ棋士を相手に敗れています。いくら天才性を発揮していると言ってもルールを覚えたばかりの初心者なのだから当然と言えば当然ですが、同じくプロ棋士を目指す女性を相手に投了まで追い込んだ局面から逆転されたとあればさすがに驚きの展開です。

というわけで1巻の最後にはプロ棋士によって折られてしまったわけなのですが、それこそが藍田苺がプロ棋士を目指し始めるキッカケになるのではないかと推測します。

まあ、藍田苺の性格的に、挑発された形なのでアッサリ乗るか、あまりにも分かりやすい挑発だったのであえて最初は乗らないのか、その辺の紆余曲折は予想ができませんが、今後どのような展開になっていくのか楽しみですね。

『幽遊白書(11)』短めだけど濃密な名作の感想(ネタバレ注意)

 

魔界の扉編がエンディングを迎え、いよいよ『幽遊白書』という作品そのもののクライマックスである魔界編が始まります。

あれだけ苦労して魔界の扉が開くのを阻止しようとしていたのに、意外と簡単に魔界を行き来する展開になるわけなのですが、何事にも裏があるというところを付くのが上手な作家さんなので、その辺も面白く読むことができます。

浦飯幽助がまさかの魔族の子孫だったというところから仙水を圧倒して魔界の扉編は集結するわけですが、そこから実は魔族の子孫だった浦飯幽助が魔界のいざこざに巻き込まれていく流れは興味深いですね。

ネタバレすると、この魔界の扉編は若干消化不良な感じでサラッと終わってしまうのですけれども、個人的にはもっと深掘りしてみて欲しかったエピソードだった気がします。

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本作の概要

浦飯幽助の仇を取るために桑原、蔵馬、飛影の3人は仙水を追って魔界に突入しますが、圧倒的な強さを誇る仙水には敵いません。しかし、実は魔族の子孫で仙水に殺されたことでその血が覚醒した浦飯幽助も魔界に突入し、仙水との最終決戦が始まります。

仙水とも伯仲した戦いを見せる浦飯幽助でしたが、しかし何者かの介入で仙水をも大きく上回る力を発揮した浦飯幽助は仙水にトドメを刺します。

本作の見所

魔族の血

色々な妖怪と戦ってきた浦飯幽助ですが、なんと自分自身が妖怪の子孫であることが発覚し、その上一度仙水に殺されたことで妖怪として復活を果たします。

それも大幅にパワーアップして。

今思うと浦飯幽助が魔族の子孫だったなんて伏線は直前にしか現れていないので咄嗟に登場した設定何だろうなぁとも思うのですけど、最初読んだ時はただただ大幅なパワーアップを見せた激熱な展開を喜んでいました。

ストーリーの整合性が綺麗だとは言えませんが、面白ければオールOKです。

あれだけ圧倒的だった戸愚呂弟に勝った浦飯幽助をアッサリと倒し、パワーアップした桑原、蔵馬、飛影も圧倒している仙水の強さはS級クラスと言われてなるほどと納得できるようなものです。

そんな仙水と互角に対峙できるまでにパワーアップし、更には何者かの介入があったとはいえそんなパワーアップした状態を遥かに上回る潜在能力を発揮して仙水を圧倒するという展開は、浦飯幽助自身が不満に感じているように仙水との決着に水を差された部分があるのは否めませんが、その一方で魔界の深さを示唆しているようで凄く興味深く感じられました。

それだけにその後の魔界編がアッサリしすぎていたのがもったいないと感じられるものの、消化不良を次への期待に繋げる感じは好きでした。

魔界の使者

魔界に残るか人間界に帰るか。仙水との対決の決着が消化不良に終わったことで浦飯幽助は当初自分の身体を乗っ取った妖怪を探しに行こうとしますが、魔界の扉が閉じられることを知ったらアッサリと人間界に帰ります。

まあ、これは冷静な判断ではあったと思うのですが、しかし消化不良な思いは残したままですし、人間界で浦飯幽助の相手になる者がいなくなってしまったので、戸愚呂弟ではありませんがどこか物足りない思いもあったことと考えられます。

幻海はそんな浦飯幽助に対して、浦飯幽助は何もかもが嫌になった時に壊せるものの大きさが他人とは異なるだけだと諭すのですが、個人的にはこの諭しがメッチャ印象的で好きでした。

ともあれ、幻海は浦飯幽助に相談相手として初代霊界探偵である佐藤黒呼を紹介します。霊界探偵探偵って3代しかいなかったのかよというツッコミは置いておいて。(笑)

そして、そこにやって来たのが魔界の使者。

魔族としての浦飯幽助の父親である雷禅。その使者である北神たち4人の妖怪です。

魔界の扉編ではあれだけ警戒していたA級、S級妖怪が自ら人間界と出入りする手段があることには驚きましたが、恐らくあえてなのだと思いますがそこまで強そうに見えないキャラクターだというのも興味深いですよね。何というか、上には上がいることを示唆しているように感じられました。

総括

いかがでしたでしょうか?

魔界編は、その壮大さや、散りばめられた伏線や数々の魅力的なキャラクターが登場することもあって、その興味深さだけでいえば作中でも一番だと思うのでもっと深掘りして欲しかったところですが、そこはサラッと終わって次巻で最終巻となります。

幽遊白書』は本当に面白い名作ですが、そこだけが残念なところ。

ちなみに、魔界編は原作よりアニメ版の方がより深く描かれているので、興味がある人はアニメ版を見てみると良いかもしれません。

『走れ!川田くん(1)』運動音痴な少年が長距離ランナーとして才能を発揮する漫画の感想(ネタバレ注意)

 

走れ!川田くんは、運動音痴な上に成績も悪く、人間関係において要領が良いわけでもないという、良いとこ無しな主人公が校内マラソン大会で長距離走の才能に開花するところから始まるマラソン漫画です。

ラソン競技は絵的に地味になりそうなものなのでスポーツ漫画としても珍しいのかと思いきや、意外とマラソンをテーマにしたスポーツ漫画は少なくないですよね。

僕が長距離経験者だから目に入りやすいというのもあるかもしれませんけど。(笑)

他がダメな主人公がある分野では才能を発揮するというテンプレートな展開ではありますが、それだけにストーリーに隙が無く面白いですし、長距離の練習法やその効果に触れられている点も興味深いです。

正直なところ、読む前の第一印象は「地味そうな漫画」だったのですが、読んでみたら続きのweb掲載分を全部読んでしまおうと思うくらいに面白い漫画でした。

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本作の概要

100メートルを18秒で走る高校生男子・川田ゲン。多くの男子高校生が12~14秒で走ることを考えればあまりにも鈍足ですが、校内マラソン大会でまさかの長距離走の才能が開花します。

その才能が認められ陸上部の駅伝メンバーに選ばれた川田ゲンは、その身体を長距離選手のものに作り替えるように練習を開始します。

本作の見所

校内マラソン大会

僕は小中高のいずれでも経験したことが無いので正直なところ都市伝説のように感じているのですが、校内マラソン大会は学園ものの定番エピソードでもありますよね。

しかし、普通は物語ある程度進展した時に描かれるエピソードという気もしますが、陸上漫画なだけあって走れ!川田くんの場合は校内マラソンのエピソードから開幕します。そういうわけで、考えてみれば珍しい導入という気もします。(笑)

そして、主人公の川田ゲンは高校生にして100メートルを走るのに18秒もかかる鈍足。小学校中学年並の速度ですが、どうやらこの川田ゲン。運動ができないだけではなく、勉強も苦手で要領も悪いタイプの人間で、かんたんに一言で表すとのび太君のようなキャラクターとも言えますね。

そして、のび太君といえばダメなところも多いけれど、その分特技は突き抜けていたりしますよね。あやとりだったり、射撃だったり、昼寝だったり。(笑)

そして、川田ゲンの場合はそれが長距離走だったようです。

誰からも期待されずに、しかし弟には格好良いところを見せたくて、何とか小学校の前は格好良く駆け抜けて完走することだけを目標に気楽に走っていたら、気付かない内に校内記録を塗り替えるほどのハイペースで走り抜けてしまったことでその才能が衆目のものとなります。

10キロを31分39秒。100メートルを18秒で走る人間が、一体全速力の何割の速度で走り切ったのか考えるだけでも恐ろしいですね。

そうやって唐突に才能が開花するところから始まる漫画はスポーツものに限らず少なくありませんが、飽きない展開というか、読んでいて非常に爽快な気持ちになれますね。

長距離走の効果

東大を目指す学年トップの高見健吾は正直なところあまり協調的な性格ではなく、校内マラソン大会に対しても労力の無駄だと否定的でした。

しかし、そんなキャラクターだからこそ合理的な説明が無ければ走りたがらないので、彼への説明を通して長距離走の効果を機械的にではなく教えてくれるのですが、それもまた走れ!川田くんという漫画の魅力なのではないかと思います。

有酸素運動をすると脳の毛細血管まで広がって血流が良くなり、結果的に頭も良くなる。そんな説明を受けて校内マラソン大会に参加した高見健吾は、川田ゲンには及ばないまでも優秀な成績を収めたため、川田ゲンと一緒に初心者として駅伝チームに加わることになりました。

そして、初心者二人が最初に行うことになった練習がLSDです。

LSDとは、怪しいお薬と同じ名前ですが、当然そんなものではなく長距離走の練習の一つです。歩くより少し早いくらいの速さでゆっくりと走ることで毛細血管を活性化させ、より強度の高い練習に耐えられる体を作るための練習ですね。

走れ!川田くんではキロ12分というとんでもなく遅いペースでLSDとしてもかなり遅い部類かと思いますが、この遅いペースで走り続けるというのが意外とキツイくて、疲れてくるとペースが上がってくるという、疲れるイコール遅くなると思っている人にとっては不思議な経験ができます。

そして、そんな専門的な練習を機械的ではなく面白く説明してくれるのに高見健吾というキャラクターが一役買っているように感じられました。

ちなみに、このLSDという練習法をタイトルにしたLSD〜ろんぐすろーでぃすたんす〜という四コマ漫画もあったりします。女子たちが姦しい萌え四コマ漫画としては珍しいテーマで面白いですよ。

総括

いかがでしたでしょうか?

少なくないと言ってもそれなりに珍しい陸上競技の漫画ですが、個人的にはやっぱり中長距離がテーマになっている作品が面白いと思えます。

それはやっぱり、競技時間が長いからそこにドラマがあるような気がするからなのではないかと思います。

僕が初めて読んだ陸上漫画はなぎさMe公認というラブコメよりの作品でしたが、競技初心者の天才が登場する点では走れ!川田くんと共通しています。

他の一定の技術が必要な競技と違って、走るという誰にでもできる競技だからこそある意味では才能の有無が分かりやすく、最初から活躍させるという展開に持っていきやすいのかもしれませんね。

実は、あまりにも面白くて走れ!川田くんのweb掲載分まで全て読んでしまったのですが、長距離の練習法やその効果についてまで分かりやすく描かれている点も含めて面白く、今後が楽しみな漫画のひとつとなりました。

『ガンバ!Fly high(14)』自分の楽しい体操を求める話(ネタバレ含む感想)

 

ガンバ!Fly highにおいて重要なウエイトを占める「楽しい体操」というキーワードがあります。

楽し気で個性的な演技で観客を沸かせる平成学園の体操の根源にはやっぱりアンドレアノフコーチの指導があります。

これまでの藤巻駿たちの「楽しい体操」は、ある意味ではアンドレアノフの体操であるとも言えますね。

しかし、13巻のラストでアンドレアノフは平成学園の元を去ります。自分の「楽しい体操」を見つけるための自立を促すために。

大学への進学というのも節目ですが、藤巻駿がどのような自分の楽しい体操を見つけるのかが楽しみな14巻です。

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本作の概要

アンドレアノフが去った後、藤巻駿は自分の楽しい体操を見つけるための大学進学先に悩みますが、そこで選んだのはお世辞にも体操選手にとって恵まれた環境とはいえない大学でした。

しかし、その明鏡学院大学でこそ自分の楽しい体操を見つけられると感じた藤巻駿はそこを進学先に選びます。

藤巻駿の補助としての実力を認められた上野とともに、新たな楽しい体操が始まります。

本作の見所

自分の楽しい体操

14巻の前半は、ほぼ藤巻駿が上野とともに自分の楽しい体操を見つけるための進学先探しに奔走するエピソードになっています。これまでもガンバ!Fly highにはこういう日常寄りのエピソードが閑話に描かれていることがありましたが、試合でも練習でもないエピソードがこれほど長く描かれているのは作中通してもここだけなのではないかと思います。

それだけ、アンドレアノフの楽しい体操ではなく、自分の楽しい体操を見つけるということが大切なことだと据えられているということが分かりますね。

アジア大会の銀メダリストである藤巻駿には、立派な設備にコーチが用意された大学からの誘いがあります。

「用意されているもの・・それを受け入れるだけで、それが自分の体操を見つけることになるのかな?」

しかし、藤巻駿はそんな用意された環境に疑問を持ちます。

なるほど。確かに体操競技に限らず様々なスポーツにおいても大学ごとの個性はあるもので、そういったものを受け入れてもそれは自分の体操とは言えないのかもしれませんね。

そして、そんな藤巻駿のお眼鏡に適ったのは明鏡学院大学という四流大学でした。

入学者は減少傾向で、それを打開するためにスポーツ特待生をダメ元で募っており、知らずに訪れた藤巻駿を詐欺まがいの手段で強引に入学させようとするような大学で、最終的に藤巻駿に提供できるのはまるで倉庫のような体育館のみという状況でした。

しかし、そんな環境だからこそ自分の楽しい体操を見つけることができるのではないかと藤巻駿は明鏡学院大学に入学を決めたわけですね。

ちなみに、明鏡学院大学の教員で体操部の部長に任命された山崎の頑張りは見所のひとつなので注目して欲しいところです。この山崎の頑張りが、藤巻駿が明鏡学院大学への入学を決めた一因であることも間違いないと思います。

選手のためのものを用意できなかった大学にこそ価値を見出すという変わった選択ではありますが、それが面白いところだったのではないかと思います。

藤巻駿以外の自分の体操

明鏡学院大学の練習でさっそく高難度の新技を身に付けている藤巻駿を見て、真田もまた触発されます。自分の体操という言葉自体は使われていませんが、プロレスに転向した東と協力して新たな境地を目指して練習していました。

一次選考会のエピソードでは内田の方が優遇されているようなところもありましたが、二次選考会のエピソードでは真田の活躍が目立ちましたね。

鉄棒では持ち技のイエーガーを更に進化させ、得意の床では東と練習したらしい新技は温存していたにも関わらず嵯峨に勝利します。

これは最終選考では一体どんな新技を見せてくれるのかが楽しみになってきますね。

そして、そんな真田に敗れはしたものの、一番興味深いのは李軍団の嵯峨なのではないかとも思います。

嵯峨の回想シーンでの李東生は、アジア大会に自分の教えを超えた活躍を見せた嵯峨に自分の体操に自信を持つように応援します。

徹底的に完璧な体操を選手に求めるスタイルの李東生は、アンドレアノフの楽しい体操とはある意味では対極にあるとも言えます。実際、この二人が敬遠の仲であるということに異論のある読者はいないことでしょう。

しかし、最終的に自分の教え子に求めるものが「自分の体操」であるという点に行きつくというのは興味深いですよね。

道は違えど行き着く先は同じというか、そういうことなのかもしれませんね。

まあ、「自分の体操」という言葉は「個性」とも言い換えることができますし、李東生は自身の完璧な体操から「個性」というものを徹底的に排除しようとしていたところがあったと思うのですが、教え子の成長がその考えに柔軟さを与えたのではないかと思っています。

総括

いかがでしたでしょうか?

いよいよ五輪選考会のエピソードも佳境で、次巻では五輪の出場選手も決まりそうですよね。

五輪に突入したら、いよいよガンバ!Fly highの全体通してのクライマックスも近く、一話一話から目が離せません。